菰樽にかける思い 今我々が守らなければ、残らない未来がある。伝統文化の担い手として、次代へ。

菰樽にかける思い ~絶滅危惧種~

はたしてこの字が読める人はどれだけいるだろうか?
「菰樽」
もうこの字が読める人は少なくなった。
この字は「こもだる」と読む。

菰樽(こもだる)と聞いてもわからない人が
現代では当たり前になってきた。
そんな世の中で毎日菰樽(こもだる)作りをしているのが
私たちの仕事である。

過去、尼崎では私たちのような菰樽(こもだる)の
菰縄(こもなわ)を作っているところが何軒もあった。
しかし今では尼崎で2軒、日本全体でもたったの3軒、
もちろん世界でも3軒という意味である

その中で私どもが一番の大手である。
これはもしかしたら佐渡のトキと同じ、
いやそれ以上かもしれない。

絶滅危惧種。
岸本吉二商店は動物であればそうであろう。

日本は過去の成長とともにたくさんの物を棄ててきた。
棄ててきた物のひとつに循環システムがある。
日本人はあらゆるものを循環させながら使ってきた。
菰樽(こもだる)もその一つの道具であった。

菰樽(こもだる)は江戸時代、お酒を樽にいれて船で運ぶ時に
ワラでできた菰(こも)でくるんで運んだのがはじまりだ。
それから三百年間、尼崎の農家は冬になると
菰縄(こもなわ)づくりをして、農家の稼ぎの足しにしてきた。

岸本吉二商店はその農家がつくった菰縄(こもなわ)を
買い集めることからはじまった。
そして、農家から買い集めた菰(こも)に、
お酒の銘柄を刷り込み、蔵元へ納めるのを主な仕事としてきた。

それから百年あまり、明治三十年創業の頃と変わらず、
こつこつと菰縄(こもなわ)を作り続けている。

しかし、高度成長期の頃から日本では少しずつ田んぼが減りはじめた。
それは菰縄(こもなわ)に使うワラがなくなってきたということである。

日本で三百年間続いた菰縄(こもなわ)をつくる
しくみが壊れはじめたのである。

そうした壊れはじめたしくみの中で私たちは
菰縄(こもなわ)の原料となるワラを新たに探しはじめた。

ワラが手に入らなくなった、
しくみが壊れたという段階で仕事をやめる方向も考えられたであろうが、
私たちは日本のお慶びごとには欠かせない
菰樽(こもだる)を作り続ける道を選んだ。

もしかすると菰樽・鏡開きをする風習が
なくなるのではないかという考えがよぎらなくはなかったが、
あらためて私たちは日本の伝統文化を守っていこうという思いを強めた。

しかし、今まさにワラがなくなろうとしている。
昔ながらの循環システムがなくなりつつある。

なくなりつつある循環システムの中の一つである
菰縄(こもなわ)づくりを無理して残す意味があるのであろうか。
私達は時々そういうことを考える。

しかし、ありがたいことに誰もが忘れているであろう
ワラの菰樽(こもたる)を今でも使いたいといっていただけることがある。
そのような方がいらっしゃる限り、
私たちはこの文化を残していこうと考えている。

はっきり言って、絶滅危惧種。

私たちは私たちの仕事・しくみをそう位置づけている。
しかし絶滅危惧種でよいではないか。
絶滅危惧種だからこそ残せるものがある。

今我々が守らなければ、残らない未来がある。
伝統文化の担い手として、次代へ。

株式会社岸本吉二商店
代表取締役 岸本 敏裕

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